公道でオートバイに乗るにあたって、足つき性は一番重要な要素ではないでしょうか。
止まるたびにハラハラドキドキ、ではオートバイに乗ること自体が楽しくなくなってしまいますよね。
そんなことはメーカーもわかっているはずなのに、なぜこんなに足つき性の悪い車両が多いのでしょうか。
国内メーカーで長年車両開発に携わっていた私がライダー・設計者、両方の視点で解説していきます。
今回は最低地上高やサスペンションストロークの確保など、車高が高くならざるを得ないオフロードタイプを除き、ネイキッドタイプやスーパースポーツタイプに絞ってお話しします。
足つき性に大きく影響するシート高。その過去から現在までの変化
足つき性は、車体の幅やシート形状、サスペンションの沈み込みなど様々な要素で決まりますが、その中でも大きな要素であるシート高について説明します。
最近の車種を見ていると、シート高ってこんな高かったっけ?と疑問を感じます。
いくつか例を調べてみましょう。年式やタイプによって差がある場合がありますので、参考程度と考えてください。
特に足つき性に厳しい大型の車種を見てみます。
まずは70年代。
750RS(Z2)が820mm、CB750Fが800mm。
この頃のオートバイはエンジンの外寸が大きくホイール外径も大きい、それに合わせて車体を造っていったら必然的にシート高が高くなった、という事情がありました。
シート高が低い車体を造るノウハウがまだメーカーに無かった頃ですね。
次は80、90年代。
当時のレースのトップカテゴリーであった750ccのFZR750R(OW01)が780mm、ネイキッドのXJR1200が780mm。
この頃はシート高が低い車種が多く、いい時代でした。
そして現代の車種。
スーパースポーツCBR1000RR-Rが830mm.、ネイキッドのZ900RSはタイプによって800~820mm.。
せっかく低くなったシート高はまた高くなってしまいました。
YZF-R1を例に取ると、98年型は815mm、02年型は820mm、04年型は835mmと次第に高くなり、現行型はなんと860mmと驚くような数値となっています。
一度は低くなったシート高、なぜまた高くなってしまったのでしょうか。
レーシングマシンの進化、速く走るための方法論の変化
2002年、それまで2ストローク500ccの車両で競われてきたWGPが、それまでより重く、パワフルな4ストローク990ccのMotoGPへと移行を開始しました。
この際の車両開発で問題になったのが、加減速時のタイヤのグリップ力不足です。
減速時には重くなった車重によってフロントタイヤが悲鳴を上げ、加速時には増大したパワーにリヤタイヤのグリップ力が負けてスライドしてしまう。
各メーカーが様々な発想でこの問題に対処しましたが、ホンダが取ったのは、重量物であるエンジンの搭載位置を上げることにより、マシン全体の重心位置を上げることでした。
高い重心位置から大きく荷重をかけて、タイヤをより強く路面に押し付けることで大きなグリップ力を得るという、コーナリングスピードよりも加減速を重視する思想です。
それまでの車両開発は、重心を可能な限り下げてコーナリングスピードを上げる、という思想が常識でした。
重心の位置を下げるためにライダーの乗車位置を下げる、そのためにはシート高を下げるというのがこの時代の車両のシート高が低かった理由です。
ハングオンのフォームが重心位置を下げる目的で考案されたことを見ても、どれだけ重心位置を下げることが重視されていたかがわかります。
速く走るには低重心化、が常識だった時代に、この思想は革命的でした。
この思想で開発されたRC211VがMotoGPで圧倒的な強さを発揮した頃から、市販車のシート高が上がり始めたように思います。
公道への技術の転用、安全性と運動性の向上
このRC211Vの成功は、市販車の開発にも影響を与えていきます。
重心位置を上げるためには、ライダーの乗車位置を上げることが一番効果的で、シート高が高くなっている原因はここにあります。
市販車の開発で重心位置を上げるメリットは、高い位置から荷重することによる反応の良さなど、運動性能において色々挙げられるのですが、一般公道では体感しづらいものが多いと思います。
一般のライダーが受ける恩恵としては、緊急時の急制動の性能向上が一番大きいのではないでしょうか。
フロントタイヤが強く路面に押し付けられていればグリップ限界が上がる、グリップ限界が上がればフロントブレーキをさらに強くかけられる、という好循環で制動距離を縮められます。
重心位置の高さは安全性に大きく貢献するようになりました。
しかし、強く押し付けさえすれば際限なくグリップ力が上がるというものではありません。
大きすぎる荷重がフロントタイヤに一気にかかれば、グリップ力の限界を超えてしまいます。
この問題を解決し、高重心化の流れを決定づけたのがABS(アンチロックブレーキシステム)の普及です。
一気に大きな荷重がフロントタイヤにかかっても、ABSによってグリップを失う事態を回避できるようになったため、高い重心位置からの大きな荷重をより有効に活用できるようになりました。
重心位置の高さはリヤタイヤのリフトを誘発しやすくなってしまう側面もありますが、近年ではIMU(イナーシャルメジャーメントユニット)がリヤタイヤのリフトを検知し、その情報を元にフロント側のABSを制御する機能も登場しています。この機能によって、リヤブレーキの能力も最大限発揮できるようになってきました。
重心の高さは加速時にも有効に働きます。多少路面の状態が悪い状況で加速しても、タイヤが強く路面に押し付けられていればグリップを失いにくくなります。
さらにTCS(トラクションコントロールシステム)が装備された車種が増え、加速時にも高い重心位置からの大きな荷重をより効率良く活用できるようになりました。
改造によりシート高を下げることのメリット・デメリット
シート高の高さは安全性に大きく貢献しており、メーカーは停止時の立ちゴケの危険性より、走行中の緊急時の安全性を重視して設計している、ということは理解できたと思います。
でも、理解できたからといってシート高が高いのが辛くなくなるかというと、そうはいきませんよね。
少しでも楽になる方法は、慣れるか、シート高を下げる改造をするかのどちらかです。
どちらかというと慣れて乗りこなす技術を身に付けることをお勧めしますが、そうも言っていられない場合のための対処法について説明します。
まずは、メーカーが造ったローダウンモデルの例を紹介します。少し前の車種になりますが、ホンダのVTR250typeLDです。
標準から15mm、シート高が下げられています。車種やサスペンションの構造によって一概には言えませんが、性能や安全性を犠牲にせずに下げられるシート高は、実際にはこの程度が目安であることを知っておいてください。
昔からシート高を下げる改造の定番は、シートのあんこ抜きです。
太ももの当たる部分の角を落とすことで、劇的に足つき性が向上する場合もあります。
しかし、シートの厚みだけを変更すると、ステップが近くなり、ハンドルが遠くなるため、乗りにくくなることもあります。
次はローダウンリンクです。
物によっては特性が悪く、沈み込むと極端に硬くなるものや、柔らかくなるものがあるので注意が必要です。また、リヤの車高だけが下がりますので、同時にフロントフォークのセッティングを見直さないと危険な場合があります。
どちらの方法に関しても、前後のタイヤにかかる体重・車重の配分の変化を考慮する必要があることに注意してください。
普通に走っている分には不具合を感じなくても、緊急時の急制動で、著しく低いレベルでバランスを崩す車両になってしまう可能性があります。
停止状態だけではなく、走行中の車体姿勢の変化まで考慮してセッティングのできる、ローダウンに関して豊富なノウハウを持ったお店や、サスペンションの専門店などと相談しながら、少しずつシート高を下げていくことをお勧めします。
たった10mmシート高が変わるだけで、車両の印象は大きく変わるものですよ。
モトコネクトでは元車両開発関係者のNTMworksさんの様々なバイクに関する記事が公開されているので、ぜひチェックして見て下さい!
投稿者プロフィール
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長年オートバイ業界を裏側から支えてきた、元、車両開発関係者。
バイク便ライダーの経験や、多数のレース参戦経験もあり。
ライダー・設計者、両方の視点を駆使して、メカニズムの解説などを中心に記事を執筆していきます。
実は元、某社のMotoGP用ワークスマシンを組める世界で数人のうちの一人だったりもします。
あなたが乗っているオートバイの開発にも、私が携わっているかもしれませんよ。
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