バイクって、フレームの素材に気を使わなくても普通に乗れてしまいますよね。でもよく見ると、アルミだったり鉄だったり、珍しいところではカーボンだったりと、様々な材質で造られたフレームがあります。それはなぜなのか?アルミと鉄、どちらが優れているのか?今回はアルミフレームの車両も鉄フレームの車両も複数台所有し、それぞれでレースを戦ったこともある私がお話しましょう。
アルミと鉄、素材自体の特徴
アルミ、鉄、とひとことで言っても、アルミにも鉄にも実は色々な種類があります。この説明を始めると膨大な量になってしまうので、今回はフレームに使われることの多い種類の、一般的な特性を説明します。
アルミの最大の長所は軽さです。その代わり、鉄と比べると強度的には劣ります。強度とは、どれくらいの大きさの力まで破壊されずに耐えられるかを指します。鉄と同じ強度を得るためには、厚みや面積を増やして体積を増やす必要があるのですが、鉄と同じ強度になるよう体積を増やしても、まだ鉄より軽いというのがアルミの長所です。
鉄の最大の長所は弾性の高さです。弾性とは、力が加わった際に変形し、その力が抜けると元の形に戻ることを指します。アルミは大きな力が加わっても変形しづらく、変形してしまうと元に戻りにくいという性質を持っています。しなやかに、変形しながら大きな力を受け流す、といった使い方には鉄の弾性の高さが長所となります。
フレームに求められる要素とは
フレームは名前の通り、オートバイの枠組み、骨格です。エンジンや足回りをはじめ、オートバイを構成する多くの部品を支え、適切な位置に固定するのが本来の役割です。その上で、走行中にかかる荷重や衝撃に耐える強度を確保しなければなりません。さらにデザイン、生産性やコストなど、様々な要素を満たさなければならず、目立たない割には重要で、設計の難易度の高い部品です。
さらに、フレームと言えば、というくらい語られることの多い剛性についても要求を満たさなければなりません。剛性とは、力が加わったときにどれくらい変形するか、を指します。強度とは似ていますが違うものです。
そのフレーム剛性は、90年代くらいまでは、コーナリングスピードを上げた場合にかかる大きな荷重に耐えられる、とにかく高剛性なフレームが良いとされていました。大きな荷重に耐えられるフレームを造るので精一杯だったとも言えます。
しかし現在では、ただ剛性が高いだけではなく、上手くたわませて旋回性を引き出す方向へと設計思想が変化してきました。全くたわまないフレームでは、旋回性はタイヤの性能に依存する部分が大きく、性能向上に限界がある事、グリップ限界を超えた場合の挙動が神経質になりやすい事などが理由です。
この思想の実現に大きな役割を果たしたのがCAE解析と呼ばれるコンピューターシミュレーション技術の発達です。それまでも考えられていなかったわけでは無いのですが、テストライダーや職人の勘に頼る部分が大きかった剛性バランスを、コンピューター上で明確に数値化して設計することが可能となったために設計時の自由度が向上しました。
アルミフレームのメリットとデメリット
高剛性化を進めるためには重量の増加には目をつぶらなければならなかった鉄フレームに代わり、幅広、極太の形状に進化しても軽量さを維持できるアルミフレームが、主にサーキットでの性能を追求した車種に採用されるようになりました。
開発の方向性が高剛性追及から、たわませる方向に変化してきたため、結果的に一時期よりは公道での快適性も向上してきてはいますが、高性能を追求した車種は高い速度域でのフレームへの高荷重を想定されたものが多く、公道での使用が快適とは言えない車種が多いのも事実です。高荷重への対応と、衝撃吸収性や低速での旋回性は両立するのが難しい要素だからです。
また、アルミフレームは生産、組み立てが高コストになってしまい、それが車両価格にも反映されてしまう点もデメリットです。
アルミは弾性が低く、部分的な変形を苦手とします。部分的なストレスがフレームにかからないよう、エンジン搭載時はアジャストボルトやシムで精密に寸法調整を行わなければならない車種が多いなど、組み立ての難易度がコストに響きます。
また、アルミの溶接は鉄に比べて技術的な難易度が高いなど、技術的なハードルから海外生産の車種が多くなった現在では避けられることが多い傾向にあります。
ただし、同じアルミフレームでも、公道での剛性バランスを最適化する目的で採用されたヤマハMT-09のような車種もあります。一般的に採用される溶接構造ではなく、鋳造によって造られたフレームを採用しており、既成概念にとらわれず、その軽さを今までとは違う方向に生かすために開発された新しい技術が採用されています。
アルミフレームのもうひとつのデメリットは熱伝導性の高さです。エンジンの発生する熱を伝えやすいため、特に高出力のエンジンを積む車種ではフレーム自体が高熱を持ちます。その熱さは経験の無いライダーには想像を絶する世界だと思いますので、アルミフレームで高出力のスーパースポーツの購入を検討している方は、できれば真夏に試乗してからにすることをお勧めします。
車種は限られますが、社外品のフレームカバーを装着することで、多少の熱対策になります。本来はフレームの傷付き防止が主な役目ですが、遮熱にも多少の効果が期待できます。
鉄フレームのメリットとデメリット
近年の新型車は鉄フレームの車種が増えてきました。排ガス、騒音などの厳しい規制に対応するための開発費の高騰が車両価格に直結してしまっている現在、少しでもコストを下げられる鉄フレームが歓迎されているという事情もあります。
レースを強く意識した車種はアルミフレームの車種に任せられるため、公道での乗り心地や旋回性に特化して開発しやすいのが鉄フレームの車種の長所でもあり、公道走行に最適化するために、わざと剛性を落としている車種も多くあります。
その少し落とされた剛性が低すぎて好みではない、という場合に対応するために、サブフレームなど、フレームを補強する部品も発売されています。
莫大な費用と時間をかけて開発された剛性バランスですので、部分的に強化して良くなることはまずありません。とはいっても人の好みは千差万別ですので、なかには部分的な強化がフィーリング的にマッチするライダーもいると思います。
あくまでも好みの乗り味を作り出すためのチューニング(調律)のための部品ですので、付けるだけで性能が上がる部品ではありません。付けたり、外したりして色々な所を走り、乗り味の変化を味わって欲しいと思います。
アルミフレームと鉄フレーム、結局どっちが優秀?
全体的な傾向としては、アルミフレームの車種は高荷重を前提にした車種が多く、軽量な点は大きな魅力ではありますが、公道よりもサーキットでのパフォーマンスを重視した車種が多い傾向となり、鉄フレームは公道での性能に特化した開発が行われている点が魅力となります。
また現在ではフレーム剛性に関する設計の方向性が変わってきたことにより、極限の性能を求める世界でも鉄の良さが見直されています。過剰な剛性を求めないのならば重量増を考慮する必要も無く、鉄の弾性の高さがフレーム素材としてメリットがあるという考え方です。MotoGPの初期にはドゥカティやモリワキ、現在ではKTMが鉄フレームでの参戦を続けていますし、究極の性能を目指したカワサキH2R、その公道版のH2も鉄フレームを採用しています。
CAE解析の技術は格段の進歩を遂げましたが、苦手としている分野もあります。変形したフレームの、元の形状への戻る速度はシミュレーションの苦手とする部分です。急に荷重が抜けた場合や、ゆっくり荷重が抜けていった場合にどれくらいの速度で元の形状に戻るかといった部分では、歴史の浅いアルミよりも、鉄のほうがノウハウの蓄積が多いために有利な部分です。
この変形、戻りの速度に着目して開発されたのが、ヤマハのパフォーマンスダンパーです。ヤマハが開発したにも関わらず、アクティブからカワサキ車用としても発売されているあたりに自信が伺えますね。これも、あくまでも好みに合わせるチューニングのための部品であり、取り付ければ性能向上、という部品ではありませんが、とても面白い着目点で開発された製品だと思います。
まとめ
一般的にはアルミフレームには軽さ、コストを掛けられた先端技術という魅力があり、鉄フレームには公道に適した柔軟性という魅力があります。どちらも甲乙つけがたいですね。
バイクの特性や性能はフレームの材質や形状だけで決まるものではなく、他の部品とのバランスが重要になります。様々な部品の影響を受け、どこまでがフレームの性能なのかわかりにくい部品でもありますが、だからこそ、フレームにこだわって造られたオートバイには面白さを感じます。
エンジン内部などと違って外から見てその進化の過程を知ることができますし、設計や開発の意図を推察することもできます。
似たように見える70年代の旧車と現代のネイキッドのフレームを見比べてみると、明らかに使用されているパイプの太さが違うなど、フレームに注目してオートバイを見てみると、いままでとは違った面白さを発見できるかもしれませんよ。
モトコネクトでは元車両開発関係者のNTMworksさんの様々なバイクに関する記事が公開されているので、ぜひチェックして見て下さい!
投稿者プロフィール
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長年オートバイ業界を裏側から支えてきた、元、車両開発関係者。
バイク便ライダーの経験や、多数のレース参戦経験もあり。
ライダー・設計者、両方の視点を駆使して、メカニズムの解説などを中心に記事を執筆していきます。
実は元、某社のMotoGP用ワークスマシンを組める世界で数人のうちの一人だったりもします。
あなたが乗っているオートバイの開発にも、私が携わっているかもしれませんよ。
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