おおまかに分けて正立式と倒立式があるフロントフォーク。正立フォークは剛性が無い?倒立フォークで転倒するとフレームが曲がる?なんだか都市伝説めいた話がたくさんあるフロントフォークですが、今回はなぜふたつの形式が混在しているのか、それぞれのメリットとデメリットなどを、様々なフロントフォークのオーバーホール作業を経験し、レースでも多くの仕様を乗り比べてきた私がお話します。
正立と倒立 構造の違い
フロントフォークの構造は、アウターチューブと、その中を上下に可動するインナーチューブに大きく分かれ、アウターチューブが下側にあるものが正立式、アウターチューブが上側にあるのが倒立式と呼ばれます。
従来は正立式が一般的でしたが、正立式を上下逆にした形の倒立式のフロントフォークも増えてきました。しかし、ただ逆さまにしただけではフロントホイールやブレーキキャリパーの支持部が存在しなくなってしまうため、インナーチューブの下端にボトムケースという部分が設けられています。
フロントフォークの役目
フロントフォークはホイールを支持する構造上、旋回時にはホイールと一緒に転舵され、左右に向きを変えながら上下に可動する、さらにはブレーキキャリパーの支持部も兼ねるためブレーキ反力にも耐えられなければならないという、過酷な状況下に置かれています。その過酷さに耐える強度を確保しながら上下に滑らかに作動し、さらには軽量化にも気を使わなければならないという、なかなか大変な部品です。
フロントフォークが上下に可動する目的としては、衝撃をフレームに伝えず吸収する役割や、ブレーキなどでかかった荷重を減衰機能によってゆっくりとフロントタイヤに伝える役割を持ちます。
そのために内部には荷重を受け止めるためのスプリング、動作速度をコントロールするバルブや、そのバルブを機能させるためのオイルなどが内蔵されています。フロントフォークの内部構造も様々な形式があり、過酷な環境でのより繊細な動作を目指して現在も進化中です。
正立から倒立へ フロントフォークの進化
倒立フォークの登場時は、オフロードでのジャンプからの着地時や、オンロードでのハードなブレーキング時の高い剛性を売りにしていたため、とにかく剛性に特化し、必要以上の剛性と強度を持った倒立フォークを装備した車種が多く登場しました。これが今でも、倒立フォークの車種は転倒するとフォークは無事でもフレームが曲がる、と言われる原因となっています。
確かに80年代・90年代の倒立フォークを装備した車種では、フォークは無傷でフレームが曲がってしまっている事故車を多く見ましたが、現在では一部のジャンルを除いてこのような事例を見ることは少なくなりました。
むしろアウターチューブが割れて内部のスプリングが飛び出してくる、というそれはそれでショッキングな光景を見ることが多くなりました。
実際には登場から間もない頃の強烈なインパクトが、いまだに間違った倒立フォークの特徴として語り継がれているのが現実です。
「アルミフレームと鉄フレーム それぞれのメリットとデメリット」でお話したように、フレームの設計はとにかく高剛性追求から、しなやかにたわませて曲がる方向に変わってきました。それにともない、フロントフォークにもしなやかさが求められるようになり、過度な強度や剛性を持った倒立フォークは淘汰されてきているのが現在の状況です。
そしてその例外的な一部のジャンルというのは、300km/hオーバーからのフルブレーキを想定した1000ccクラスのスーパースポーツ、もしくはそれ以上の排気量を持つメガスポーツといった車種です。これらの車種で採用されている倒立フォークは極端に高い剛性を持つものですが、それでも以前と比較するとしなやかさを重視する方向となっています。
ところで、倒立フォークは剛性が高い、と言われる理由はなんでしょう。ただ上下を逆にして取り付けるだけで剛性が上がる?そんなわけないと思いませんか。
実は、同じインナーチューブ径の場合、インナーチューブの肉厚が同じなら、正立も倒立もフロントフォーク単体の剛性は変わりません。当たり前ですよね。
剛性が上がるのはトップブリッジとアンダーブラケットからなるステムと言われる部分のフォーク支持剛性です。倒立フォークは外径の大きなアウターチューブで支持されるため、外径の小さなインナーチューブで支持される正立フォークと比べ接触面積が大きくなり、トップブリッジとアンダーブラケットがねじれるような動きを少なくすることができます。このことによって体感的にフロントフォークの剛性が高い、と感じられるようになります。
ただし、このトップブリッジとアンダーブラケットのねじれも旋回性に大きく影響する部分として重視されるようになってきたため、必要以上の剛性を持たせないよう肉抜きされるなど、注意深く設計されるようになりました。
正立フォークのメリットとデメリット
正立フォークは倒立フォークが登場するまでのスタンダードでしたので、スタイル的にはクラシカルな車種にマッチしますね。現在では調整機能や、複雑な内部構造をもつものも増えたため一概には言えませんが、全般的には倒立式よりシンプルな構造のものが多くなっています。また、過度な剛性を持たないことにより、しなやかな乗り味を造りだしやすいという面もあり、根強い人気があります。そしてボトムケースが無いことなどにより重量面・コスト面でも有利となり、特にコストを意識した車両には正立式の優位が続いています。
デメリットは最先端の技術が導入されづらいことでしょうか。ライダーやメカニックにも、正立式はシンプルなもの、保守的な構造であって欲しいと考える人が多くいます。でも性能向上は常に求められていますから、なかなか難しいところですよね。
倒立フォークのメリットとデメリット
登場以降変わらず、現在もオンロード・オフロード共に競技車両のフロントフォークは倒立式が採用されています。最新技術は競技用の倒立式で開発され、その後市販車の倒立式にフィードバックされる流れとなっていますので、正立式よりも最新技術を体感しやすくなっています。これが倒立式の最大のメリットではないでしょうか。
最新技術で開発されているため、倒立式は正立式よりも高コストな状態で普及しはじめましたが、現在では機能よりスタイルを重視して倒立式を採用する車種も増えてきました。そのため、特にコストも高くない代わりに特別優れた性能を持っているわけでもない、という倒立フォークも増えています。倒立フォークが特別なものではなくなってきたということですね。
デメリットとして、倒立フォークはオイルシールが下向きに取り付けられているので、オイルが滲み始めると一気に漏れて危険と言われることがありますが、これは形状からくる先入観、完全な誤解です。オイルが漏れ始めると、フロントフォークの上下動によって一気にオイル漏れが加速することは正立式でも倒立式でも変わりません。むしろ、ゴミや雨水が溜まりやすい正立式のほうがシールには過酷な環境となっていますので、シールが痛み始めてからの劣化は正立式のほうがシビアです。
倒立式の難点は、フロントフェンダーやフォークガードによってインナーチューブの作動部分が確認しにくく、初期のオイルにじみに気付きづらいことです。そのため一気にオイル漏れが起こったような錯覚を受ける場合があり、これも誤解の一因でしょう。
普段からマメな清掃と目視点検が必要なことは正立式も倒立式も変わりません。
まとめ
それまでスタンダードだった正立式は、スタンダードとして長く採用されていただけあって良くできています。特にオーバーホールなどのメンテナンスに関しては、車種ごとに特殊な工具や技術をそれほど必要としない点が長所でした。対して倒立式は正立式と比較し、構造的に作業工数が増加する傾向にあります。
そのため倒立フォークは工賃が割高な傾向ではありますが、現在では倒立式も珍しいものではなく、また正立式でも複雑な構造を持つものも増えたため、倒立式だから、という理由だけで極端に高い工賃を請求するようなお店には注意する必要があります。
そして最後に倒立フォークと正立フォークの性能差ですが、正立フォークもインナーチューブ径を大きくするなど、剛性向上の対策がなされていますし、内部構造も進化し続けています。
倒立フォークは初期の過剰な剛性から、しなやかさ、軽量化といった面で進歩し続け、お互いが歩みよるような形で特性が近づきつつあります。現在では機能よりもスタイルからそれぞれの形式が採用されることも多いため、形式による性能差というよりは、それぞれのフロントフォーク自体の性能差で違いが生まれるという状況となっています。見た目の好みで選んで問題無い状況にまでそれぞれが進化してきたということですね。
ただし、倒立フォークはそのアウターチューブの径の太さが原因となり、ハンドル切れ角が少ない車種も存在します。最近では設計の時点で考慮され、極端に切れ角の少ない車種は減ってきましたが、駐車位置から出すのに何度も切り返さなければならないと、特に車重が重い車種は結構苦痛です。倒立フォークの車種を購入する場合は、こんなところも事前に確認したほうがいいですよ。
モトコネクトでは元車両開発関係者のNTMworksさんの様々なバイクに関する記事が公開されているので、ぜひチェックして見て下さい!
投稿者プロフィール
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長年オートバイ業界を裏側から支えてきた、元、車両開発関係者。
バイク便ライダーの経験や、多数のレース参戦経験もあり。
ライダー・設計者、両方の視点を駆使して、メカニズムの解説などを中心に記事を執筆していきます。
実は元、某社のMotoGP用ワークスマシンを組める世界で数人のうちの一人だったりもします。
あなたが乗っているオートバイの開発にも、私が携わっているかもしれませんよ。
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