2022年のMotoGPも幕を閉じ、MotoGPクラスはドゥカティのフランチェスコ・バニャイヤ選手がライダータイトルを獲得、さらにドゥカティはライダー、チーム、コンストラクターの3冠を達成という結果となりました。振り返ってみればドゥカティが全20レース中12戦優勝と圧倒的といっていい強さを発揮しましたが、その強さの秘訣はなんだったのでしょうか?
前回のホンダ編に続き、今回も妄想全開で解説してみたいと思います。ぜひ皆さんも一緒にそれは違う!きっとこれが要因だ!など色々妄想しながらお楽しみいただければと思います。
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デスモドロミックってなに?
通常4ストロークエンジンのインテーク・エキゾーストバルブの開閉は、開きをカムシャフトによって押し下げ、閉じをバルブスプリングによって押し戻すことによって行いますが、開き、閉じ共にカムシャフト(に押されたロッカーアーム)によって行うのがデスモドロミックです。
この機構のメリットはバルブスプリングの反力によるパワーロスを無くせることがひとつ、もうひとつは高回転域において動作の正確性を向上させることができる点にあります。
反面、カムシャフトの動作をバルブに伝えるロッカーアームが多数存在することとなるため、重量のあるロッカーアームを往復運動させるエネルギーがパワーロスとなってしまう弱点もあります。この問題は特に高回転域で顕著となります。
また、可動部分が増えることによるメカニカルロスが発生する場合もあり、スプリング式と比べてデスモドロミックが圧倒的に有利というわけではありません。システムが違うため長所、短所が異なり、その優劣はケースバイケースとなります。
たまたまデスモドロミックを採用したエンジンのほうがパワーの面で優れている場合はありますが、デスモドロミックだからパワーがある、という解説は微妙ですので注意が必要です。そんなに優れたシステムだったら全メーカーが採用しているはずですからね。
MotoGPではあまり関係ありませんが、他にも構造の複雑化によるコストの上昇や整備性の悪化などの問題もあり、現在量産車にはドゥカティのみが採用するシステムとなっています。
高回転域ではバルブスプリングの反力によるパワーロスとロッカーアームの数が増えることによる重量(慣性重量)の増加のどちらが不利かはケースバイケースとなります。
しかしバルブスプリングの反力は回転数に関わらず発生しますが、ロッカーアームの慣性重量の問題は高回転域にならないと大きな問題となりません。つまりデスモドロミックが圧倒的に有利なのが低・中回転域のパワーロスの少なさです。
圧倒的なパワー、その本当の(?)理由
しかし現代のMotoGPのマシンは低いギヤでの全開加速時にはフライバイワイヤの制御などにより、ライダーがアクセルを全開にしても実際には全開にならないようになっています。本当に全開にしてしまうとホイールスピンやウイリーを生み出すだけで、実際の加速につながらないためです。
この現在の状況では本来低・中速域のパワーが有利なはずのデスモドロミックはその長所を全く生かすことができません。この問題を解決したのが外部フライホイールというシステムだと言われています。
フライホイールというのは本来エンジン内部にある重量のある弾み車のことです。
重量が重ければ重いほど回転速度を上昇させるに大きなエネルギーが必要となります。しかしある程度回転速度が上昇すると、今度は重量が重いほど慣性のついたフライホイールの回転エネルギーによってエンジン回転を上昇させる作用が大きく働きます。
ですから余剰となっている低・中速域のパワーを重いフライホイールの回転速度を上昇させるために使えれば、高速域で他のエンジンより有利にパワーを引き出せるわけです。
各メーカー、クランクシャフトやフライホイールの重量を出来る限り確保するよう設計してはいますが、エンジン外寸や他の部品との兼ね合いもあるため設計の自由度はあまり高くなく、重量の確保には限界があります。そのためフライホイールをエンジン外部に出し、思ったように確保できない回転部分の重量を外部フライホイールによって補うというのは革命的な発想です。
レギュレーション上どこまで可能かわかりませんが、エンジン外部にあることによって、使用基数制限の関係で封印されてしまうエンジン内部と違い、コースによって重量の違うフライホイールを使い分けることも可能かもしれません。こうなると各コースに最適なパワー特性を作り出せますので、他メーカーに対して圧倒的に有利になりますね。
さらにエンジンと外部フライホイールの接続にワンウェイクラッチを仕込んでエネルギー回生システムとして利用したり、フライホイールの接続・切り離しに電子制御のクラッチを使用して緻密に制御したりすれば、他のメーカーとは圧倒的なパワー差が表れるでしょう。
MotoGPのレギュレーションって条文が変わらなくても解釈次第で判断が変わってしまうので、実際どこまでがOKなのかはわかりませんけどね。
エビのしっぽ?これは何?
第12戦から投入されたシートカウルに設置されたウイング、これがエビのしっぽと一部で呼ばれているそうです。確かに天どんからはみ出したエビのしっぽに見えますね。上手い事言う人がいるものです。果たしてこのウイングにはどんな効果があるのか?正直に言いましょう。わかりません。期待していただいた皆様申し訳ありません。
エビのしっぽの狙った効果として考えられるのは、航空機の垂直尾翼と同じくヨー方向の安定性を狙ったというものがひとつ。ただ、それにしては面積が小さくて効果が疑問に感じられます。
もうひとつはあえて小さな乱流を起こし、大きな乱流の発生を抑制するボルテックスジェネレーターとしての役割。ドゥカティのマシンは車両側面の整流はかなり上手くいっているように見えます。しかし側面の流速が速くなると、ライダー直後の乱流によって上手く空気が流れないエリアとの気圧差が大きくなるため、スリップストリームの効果を他のライダーに使われやすくなってしまいます。ライダー直後の気流を整え、流速を上げることによってスリップストリームの効果を少なくすることを目的としている可能性があります。
実際、ストレートエンドでブレーキングをミスしたライダーが、「ドゥカティの直後で思ったよりも速度が上がりすぎた」といった類の発言をすることがたびたびありました。これを問題視した開発陣が対策を講じたとしても不思議ではありません。
さらにもうひとつは、実際には特に明確な効果はないが、他メーカーに対して「ウチはこんな効果のあるものを開発できるんだぜ」という精神的なプレッシャーを与えるために採用したというもの。つまりハッタリですね。
走行中のバイクの中で最もコントロールしにくい乱流を生む物体はライダーの体です。ライダーの体は空力的に有利な形状に作り直すわけにはいきませんからね。しかもレース中はその乱流を生む物体がマシンの上で動き回ります。シートカウルはライダー直後の乱流の影響を大きく受けてしまうため、どんな形状にしてもたいした効果はないというのが通説でした。そのため他メーカーがいくら頑張って似たようなものを開発しても効果が生み出せない場合、やっぱりドゥカティはすごい技術をもっているんだ、と勘違いさせることができます。こういった心理戦、実は結構大事です。
色々な推測はできますが、どれも説得力がいまひとつですね。実際のところエビのしっぽの効果はどんなものなのか、真相を知っている人がいたら教えてください。
強さの源!チャレンジする姿勢
近年のMotoGPではウイングレット、ライドハイトなどドゥカティが導入し、他メーカーが真似をして普及した新技術が多くあります。
ただし、本当にそれ効果あるの?と疑問を持たざるを得ないものも存在します。どうもドゥカティというメーカーは、とりあえず導入してみよう、悪化しないなら継続して使用してみよう、という傾向が強いように見えます。
数年前のテストに投入されたリヤブレーキキャリパーのフローティングマウントがそのよい例です。デメリットしかないために今やどこのメーカーも採用しなくなったフローティングマウントを今さら持ち出してくるあたり、とりあえずやってみようという姿勢がよく表れていると思います。結局レースでは使用しませんでしたけどね。
このとりあえずやってみようという姿勢、小さな違いの積み重ねが最終的に大きな差を生むという効果はもちろんありますが、次々とアップデートされるマシンで闘うチームは、開発陣がこれだけ頑張ってくれているのだから自分達ももっと頑張ろう、とライダーやチームスタッフなどのモチベーションが向上するという効果もあります。
ドゥカティ勢の強さの秘訣はマシンの優秀さもありますが、チーム全体のモチベーションの高さが最大の理由だと思います。機械を使うとはいえ、それを運用して実際に戦うのは人間ですから、その心理面というのは思った以上に結果に影響を与えるものです。
まとめ
ドゥカティは現在、最大勢力となる8台をMotoGPクラスに出走させています。
台数が増えるということはその台数をメンテナンスできるレベルの高いスタッフが多数必要になるということであり、その人材の確保、育成には多大なエネルギーが必要となります。資金を大量に投入すれば可能になるという問題ではなく、大きな情熱がなければできません。このMotoGPに対する熱量の大きさが現在の強さに繋がっていることは間違い無いと思います。
今回も妄想盛りだくさんでお話させていただきました。皆さんも色々な推測をしながらMotoGP観戦を楽しんでみてください。きっとなんとなく観るよりもずっと面白く観戦することができると思いますよ。
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投稿者プロフィール
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長年オートバイ業界を裏側から支えてきた、元、車両開発関係者。
バイク便ライダーの経験や、多数のレース参戦経験もあり。
ライダー・設計者、両方の視点を駆使して、メカニズムの解説などを中心に記事を執筆していきます。
実は元、某社のMotoGP用ワークスマシンを組める世界で数人のうちの一人だったりもします。
あなたが乗っているオートバイの開発にも、私が携わっているかもしれませんよ。
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