バイクのカタログやホームページを見ていると、それぞれの車種の諸元表というものが記載されています。この数字の並んだ表、何を言っているのか良くわからない項目もあるのではないかと思います。
今回は前、後編に分けて、前編では諸元表の数値の中からあまり聞き慣れない項目、特に旋回性に大きく関わる項目について、どこの数値を指しているのか、その数値が変化するとどんな特性の変化があるのか解説していきます。シンプルに解説するので厳密に言うとも正確ではない(説明が足りない)内容も含みますが、覚えやすいことを優先した内容となりますのでご理解ください。後編では諸元表の数値全般の正しい読み取り方についてお話しようと思っています。今まで誰も語らなかった真実も暴露しちゃう予定ですので是非お楽しみに!
キャスター角の違いによる旋回性の違い
キャスター角、キャスターアングルと呼ばれる数値は、操舵軸が垂直に対してどれくらい傾いているかを表した数字です。角度が少ない場合はキャスターが立っている、多い場合はキャスターが寝ている、なんて表現されます。
現実にはありえませんし、どうやって操舵するかは置いておいて、キャスター角0度のバイクと90度のバイク、それぞれがハンドルを目一杯きった状態を上から見てみましょう。
キャスター角0度のバイクは操舵した分だけタイヤがハンドルを切った方向に向きますが、キャスター角90度のバイクは全く角度がつきません。バイクが曲がる理由は簡単なものから難しいものまで、たくさんの要素が複雑に組み合わさっていますが、フロントタイヤが向いている方向に進むというのは誰でもわかる最も基本的で大きな要素です。このことから、キャスターが立っているほうが良く曲がる、寝ているほうが曲がらないということがわかります。
じゃあなんで全てのバイクをキャスター角0度にしないのかというと、これにはいろいろな理由があるのですが、その中でも大きな理由はバイクはとにかくよく曲がればいいというものではない、という理由があります。ある程度は操作に対して反応が鈍くないと危険だったり、疲労が激しかったりするので、ある程度曲がりにくく、直進しやすく造ってあります。直進安定性というやつですね。
ギャップなどの外乱に対しての反応、衝撃吸収性、キャスターが寝ているほうがキャンバースラストを有効に使えるなど、キャスター角を0度にできない理由は書き出すときりがありませんが、シンプルにキャスター角が立っているほうがフロントタイヤが行きたい方向に向きやすいので良く曲がり、寝ているほうが直進安定性が高い、と覚えてもらえればオッケーです。スポーツ色が強い車種は旋回性を高めるためにキャスターが立っていて、ツアラー色が強い車種は直進安定性を高めるために寝ている、と覚えてもいいですね。
トレール量の違いによる特性の違い
キャスター角とセットで表記されることが多いのがトレール量です。
操舵軸の延長線の路面との接地点とタイヤの接地点の距離、これがトレール量です。
この距離は一般的にステムの操舵軸(ステムシャフト)の中心とフォーク取り付け部の中心の距離(フォークオフセット)、そしてキャスター角によって変わります。
この距離が長くなると直進安定性が高く、短いと旋回性が良くなります。
この特性は台車のキャスターを見ていただくとよくわかります。前側に自在に向きの変わるキャスターの付いた台車を押すと、直進時は操舵軸の延長線に接地点が向かっていく形になることがわかると思います。バイクの車体にも同じ特性があり、トレール量が大きいほどこの効果が大きく、直進安定性が高くなります。
トレール量の大小は主に直進時の安定性と、旋回し始めの車体の反応が最もわかりやすい違いです。
旋回中、ハンドルがきれ、車体がバンクした状態での操舵軸とタイヤの接地点の関係も変わりますので、旋回中の特性も変わりますが、フォークオフセットの異なるステムを何種類か組み替えてテストしてみると、旋回中よりも直進状態からの曲がり始めのほうが違いが大きく感じられます。
フォークオフセットの小さい車両はトレールが多いので直進安定性が高い、フォークオフセットの大きい車種はトレールが少ないので旋回性が高い、と覚えてもらえればオッケーです。
ただし、同じフォークオフセットでもキャスター角が変わるとトレールも変わってしまいますので注意が必要です。
キャスター角が立っている車種はトレールを多くして極端に直進安定性が悪くなりすぎないように、逆にキャスター角が寝ている車種はトレールを少なくして極端に旋回性が悪くならないようにしてバランスをとってある場合が多くなっています。だからキャスター角とトレールはセットで表記されることが多いんですね。
厳密に言うとキャスター角によって変わる旋回性の変化とトレール量によって変わる旋回性の変化は、タイヤのトレッド形状など他の旋回性に関わる要素への影響が違うため異なるフィーリングの変化となりますが、基本的な考え方としてはこの程度の理解で問題無いと思います。
ホイールベースの違いによる特性の変化
前後の車輪の中心間距離、これがホイールベースです。
ややこしくなるので車体を傾けない直立の状態で、同じハンドルきれ角での回転半径の違いをホイールベースの長い車両と短い車両で比べてみます。
ホイールベースが短い車両のほうが小回りがきくことがわかりますね。
小回りがきくということは体感的には良く曲がると感じます。
単純に何種類か長さが違うスイングアームに組み替えて走ってみるとよくわかります。
ライダーが良く曲がると感じる要素としてはホイールベースの違いが一番大きく感じられると思います。単純なだけに体感しやすいのかもしれませんね。良く曲がる、旋回性が高いバイクを探す場合は、キャスターやトレールの前にまずホイールベースに注目したほうが効果的かもしれません。
まとめ
旋回性と直進安定性は基本的には相反する要素となり、その相反する要素のバランスをどこに置くかでバイクのキャラクターが変わってきます。
スポーツ性の高い車種では直進安定性を犠牲にしてでも旋回性を高く、アメリカンなどは高い旋回性を求めない代わりに直進安定性を高くするなど、旋回性に関わるキャスター、トレール、ホイールベースなど様々な要素の数値を調整しながら設計・開発が行われます。
もちろん構造的にエンジン外形が大きくなれば自然とホイールベースも長くなったり、パワーが有り余っている場合はウイリー対策でホイールベースの長さを確保したりと、車体各部の寸法は旋回性や直進安定性だけで決まるわけではありません。
旋回性と直進安定性のバランスの取り方は、例えばホイールベースが長くなってしまう場合は直進安定性は自然と確保されるので、キャスターを立てて旋回性を高めるなど様々な数値を調整して行われます。ですから、一箇所の数値だけを見比べることは無意味です。車体全体のバランスをよく確認しないとその車両の特性はわかりません。
バイクの成り立ち、各部の数値には色々な理屈があり、それを勉強するのはバイクを深く理解したり正しい乗り方を身に付けるのにはとても有効なのですが、数値だけを見てそのバイクの特性を判断しようというのは実はかなり無理のあることなのも現実だったりします。
次回はそのあたりのことを少し詳しくお話してみようと思いますのでお楽しみに。
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投稿者プロフィール
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長年オートバイ業界を裏側から支えてきた、元、車両開発関係者。
バイク便ライダーの経験や、多数のレース参戦経験もあり。
ライダー・設計者、両方の視点を駆使して、メカニズムの解説などを中心に記事を執筆していきます。
実は元、某社のMotoGP用ワークスマシンを組める世界で数人のうちの一人だったりもします。
あなたが乗っているオートバイの開発にも、私が携わっているかもしれませんよ。
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