カスタムショップで造られた車両やレース車両、特にワークスマシンは細部にまでこだわり、手の込んだボルトが多数使用されています。その細かいこだわりがなんかすごそうという車両全体のオーラを生み出すのに一役買っているわけですが、わざわざ交換されたボルトにはどんな意味があるのか?真似をすると何か良いことがあるのか?今回はねじオタクである私が基本的な部分をお話していきたいと思います。
ボルトってなに?
ボルトはねじの一種です。基本的に六角頭、六角穴つき頭のものをボルト、プラスやマイナス頭のものをビス、スクリューなどと呼ぶことが多くなっています。JISなどの規格で分類されていますが、実際にはメーカーによって少しずつ呼び方が違ったりします。
六角穴つきボルトはキャップボルトとも呼ばれます。頭が丸いボタンキャップ、頭の厚みが薄い低頭ボルトや、軽量化のために斜めに削られたテーパーキャップなどもありますが、これらは工具と接する部分の強度は劣りますので繰り返しての使用には向きません。
トルクスや六角穴つきの皿ビスなど分類が微妙なものも多くありますので、ここでは主に六角、六角穴つきに関してお話しますが、ねじ全般に応用できる内容になります。
ボルトに求められるもの
ボルトに求められる主な役割は部品を固定することです。ボルトを回すことによって部品を移動させる使用方法もありますが、バイクではあまり使用されません。光軸調整用のボルトなどがそうですね。
ボルトで部品を確実に固定するには軸力が重要になります。軸力に関してはサンデーメカも絶対欲しい!トルクレンチの使い方でお話していますので読んでみてください。
適切な軸力を生むためにはボルトの弾性が重要になります。硬すぎるボルトはこの弾性に劣るため、ボルトとしての性能は低くなります。硬ければ高性能というわけではないのですね。
また、常に振動や衝撃が加わり続けるバイクの特性上、ある程度それらを吸収する柔軟さも求められます。
エンジン関連に使用されるボルト類は固定する部品がアルミ製であることが多いため、熱膨張率がアルミと極端に違う素材は適しません。熱による膨張、冷却による縮小を繰り返すことにより、固着したり緩んだりといったトラブルを引き起こす可能性が高くなります。
また、ボルトには過度の力がかかった場合には突然折れず、曲がって壊れることが求められます。これはトラブルの際に部品の脱落を防ぐことが目的です。
他にもコストや品質の安定など、求められるものは多岐に渡ります。簡単にみえて、結構難しい部品なんですよ。
純正ボルトはなぜ鉄ばかり?
バイクメーカーが純正で採用しているボルトはほとんどが鉄製です。これは上記の条件を高次元で満たす素材が鉄であるためです。安いから鉄なわけではないんですよ。鉄といっても色々な種類があり、バイクのボルトに使用されている素材の多くはS45Cをはじめとする炭素鋼です。他にもクロームモリブデン鋼や、専用素材のボルトが使われることもあります。価格の安さで選ぶならいくらでも安価な鉄もあるなかで、素材にもかなりこだわっています。
また、ボルトメーカーの規格品が使用される一般の工業製品と違い、バイクには全て専用品が使用されています。それだけこだわって製造されているボルトが部品で買うと何十円、何百円で購入できるのですから、純正ボルトって性能もコストパフォーマンスもとても高いんですよ。
ボルト交換カスタムの注意点
そんな純正ボルトですが、サビやすいという弱点があります。こればかりは鉄という素材の特性なのでどうにもなりません。そこでサビたボルトを純正の新品に交換するか、違う素材のボルトに交換するかという二択を考えてみます。カスタムとして交換する場合も参考にしてみてください。
機能的には純正の新品への交換が間違い無いのは言うまでもありませんが、アルミ、ステンレス、チタンのボルトに交換する場合も紹介してみましょう。アルミといっても成分によって色々な種類があり、ステンレス、チタンも同様です。さらにねじ山の整形方法にも転造と切削があり、その違いによって強度や剛性が変わってきますので、本当は大まかな素材の違いだけ説明するのは難しいのですが、一般的な傾向としてお話してみます。
アルミ
軽量なことが長所ですが、市販されているものの多くは強度も弾性も低いので、ボルトとしての性能は鉄に遠くおよびません。強度の低さを逆手にとって、スクリーンやカウルなどの外装部品を固定するボルトとして使用し、転倒時に最初に破損することによって外装部品の損傷を最低限に抑える使用方法がありますが、レース車両で使用箇所を限定した場合のみ利用価値のある素材だと思ってよいでしょう。
ステンレス
強度的には比較的鉄に近く、弾性、重量も極端な差がありません。キャップボルトは頭部が鉄よりも若干強くできているものが多いため、工具をナメる可能性が低くなるのがメリットでしょう。ただしテーパー加工が施してある場合などはこの限りではありません。
アルミ部品の締結に使用する場合はかじりと言われる固着が発生することがあります。これは熱膨張率の違いや電蝕と言われる電位差による腐食が原因となっています。締め付け時にカッパーグリスなどを塗布することによって軽減できますが、摩擦が大きく変化するため最適な締め付けトルクを新たに設定する必要があります。このあたりを考慮して締め付けることができない場合は使用を控えたほうがよいでしょう。
チタン
これが一番の曲者です。ボルトに限らずよくある勘違いが高価=高性能であるはず、という思い込みです。チタン製のボルトが高価なのは希少金属である素材自体が高価なこと、硬度の高さから加工に手間がかかることが理由で、価格の高さと性能の良し悪しは全く関係ありません。
強度と軽さからワークスマシンなどに多用されますが、硬すぎるのが問題です。
硬いと一言でいっても引っ張り強度、せん断強度、剛性、硬度などいろいろな基準があるのですが、ボルトの性能に最も重要な弾性が低いのが大きな問題です。締め込んでいってもボルト自体があまり伸びてくれないため、めねじ側の伸びに頼った締め付けとなり、結果としてめねじの寿命を縮めることになります。部品にめねじが直接切られている場合、チタンボルトを使うことによって部品の寿命を縮めることになるんですね。
ワークスマシンは部品の寿命より軽量化が優先されますので問題になりませんが、公道車両ではそうはいきませんから、これは大きなデメリットです。
またその弾性の低さから最適な締め付けトルクも鉄とは異なります。いくつかのワークスチームに聞いてみたことがありますが、それぞれ独自の方法でトルク管理をしており、一筋縄ではいきません。
また、鉄とは熱膨張率が大きく異なるため、エンジン関係への使用はできないものと考えてください。
扱いが難しく、ボルトとしての性能は鉄には全くかなわない、軽量であることだけが長所の素材だと思ってもらって間違いないでしょう。
それぞれの素材にはデメリットだけではなくメリットもありますが、そのメリットを発揮させるのは極めて難しいと考えてください。本気で異素材のボルトを使いこなす覚悟があるのであれば、きちんとした資料でボルトの種類や規格、材質などの勉強をしてみるとのも面白いと思いますよ。
おすすめのボルトカスタム
異素材にこだわらなくても性能を犠牲にせずに違いを出すことができます。その方法は純正ボルトの流用です。
例えばモトクロッサーのCRF450Rなどに使用されているSH(スモールヘッド)ボルト、6mm径のボルトの頭は本来二面幅10ミリですが、ここを8mmとすることで軽量化してあります。さらに頭部を切削して軽量化してあるので、見た目もまるで社外品です。素材は鉄ですのでトルク管理に悩むこともありません。厳密にいうとフランジ面の大きさによって適正トルクは多少変わりますが、そこまで神経質にならなくても問題ないでしょう。
初期型のYZF-R1のキャリパーマウントボルトは純正で中空ボルトが使用されています。ねじピッチが特殊なので流用できる部分は限られますが、かなり手が込んでいますね。XJR1300では表面処理がメッキのものが使用されていました。
いろいろなところで展示されている車両をよく観察し、使えそうなボルトを見つけたらパーツリストを確認して発注すれば、安価で満足度が高く、性能的にも優れたボルトが手に入ります。探し出す手間はかかりますが、同じ車両が横に並んだときに、そのボルトどこのメーカーの?と不思議がられること請け合いです。
まとめ
ボルトを交換するだけで体感できるほど性能が向上することはありません。サビが気になるのであれば純正の新品に交換するのが正解です。
それぞれの素材の特性を把握した上で適切な締め付けトルクを設定することができないのであれば、異素材のボルトへの交換は行うべきではありません。
というのが正論なのですが、私の所有するバイクはステンレスやチタンのボルトを大量に使用しています。だってワークスマシンみたいでかっこいいじゃないですか。自分のバイクがかっこいいかどうか、重要ですよね。そこに注力するのもバイクの楽しみかたのひとつだと思います。もちろん安全性にじゅうぶん配慮しなければならないのは言うまでもありませんけどね。
異素材のボルトへの交換は、簡単そうで実は難易度が高いのがお分かりいただけたと思いますが、同時に満足度がとても高いのもまた事実です。誰にでもお勧めできるものではありませんが、必要な知識を得るための勉強も楽しいものです。底無しのボルト沼の制覇に挑戦するのもとても楽しいですよ。ぜひ本気で勉強するところから始めてみてください。
投稿者プロフィール
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長年オートバイ業界を裏側から支えてきた、元、車両開発関係者。
バイク便ライダーの経験や、多数のレース参戦経験もあり。
ライダー・設計者、両方の視点を駆使して、メカニズムの解説などを中心に記事を執筆していきます。
実は元、某社のMotoGP用ワークスマシンを組める世界で数人のうちの一人だったりもします。
あなたが乗っているオートバイの開発にも、私が携わっているかもしれませんよ。
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