バイクのレバー、ペダル、アクセルといった操作系には必ずあそび、操作しても反応しない範囲が設けられています。これ、なきゃダメなの?ないほうがダイレクトで正確に操作できるんじゃないの?と誰でも一度は疑問を感じるのではないでしょうか。
今回はそんな操作系のあそびに関して、特にワイヤー式のアクセルとクラッチを中心にお話してみようと思います。
曲がると伸びる?ワイヤーのはなし
ワイヤー作動の操作系にあそびが必要な理由、そのひとつはハンドルをきるとあそびが変化することにあります。
まずはワイヤーの構造をみてみましょう。バイクに使用されている操作系のワイヤーは、アウターとインナーを組み合わせて成り立っています。一般的にインナーワイヤーは細い針金をよじって造られます。対してアウターワイヤーは、細い板状の金属板をスパイラル状に丸め、その上にビニールコートされて造られます。
この構造の違いによって、ワイヤーを曲げた際の長さの変化の仕方に違いが表れます。
アウターは曲げた際に外側が大きく伸びることによって外側と内側の長さの差を吸収しますが、インナーはそれほど太さがないこともあり、外側と内側の長さの差はほとんど変化しません。そのためワイヤーが曲がった場合、長さの対比はアウターの内側とインナーの長さの対比となり、曲がりの中心からの距離が違うアウターの内側とインナーは、ワイヤーを曲げると直線状態と比較してアウターからのインナーの出代が変化します。
ちょっとわかりにくい説明になってしまいましたが、バイクのワイヤーで考えると逆に理解しやすいと思います。アウターの内側に対して外側に位置するインナーは、ワイヤーが曲がれば曲がるほどアウターとの先端の位置の差が大きくなり、アウターの内側に入り込んでいきます。
実際のバイクではアクセルとクラッチのワイヤーはハンドルに取り付け部があるため、ハンドルを操作することによってワイヤーの曲がりが変化します。つまり、ハンドルをきることによってアウターの中にインナーが引っ込んだり、飛び出したりといった動きが発生し続けています。その動きを吸収し、意図しない操作が発生してしまわないようにするため、操作部分にあそびが必要となっています。
意外と大きい熱膨張の影響
ここからはワイヤー作動式のクラッチの構造をみてみましょう。クラッチシステムの構造を簡単に説明すると、スプリングの力によってプレッシャプレートでクラッチプレートとフリクションディスクが押さえつけられてクラッチがつながっている状態となり、スプリングの力に対抗し、プレッシャプレートをワイヤーの作動によって引き離すことによってクラッチが切れた状態を作り出します。(部品の名称はメーカーによって違います)
このクラッチ機構には多くの部品が使用されており、そのひとつひとつの部品が走行中のエンジンの熱によって少しずつ膨張したり、それに伴って微妙に歪んだ状態になります。
そのためあそびがないと、熱膨張によって寸法が変化したことによって走行中にあそびがなくなり、勝手に反クラッチの状態になってしまったりしてクラッチの寿命を縮める可能性があります。
の熱膨張のしかたは各部品の材質、構造によって様々で、特にクラッチの断続を司るレリーズ機構の構造の影響を大きく受けます。このレリーズ機構は機種によって様々な構造があり、それぞれを見比べていくと設計者の考え方がわかってとても面白い部分なのですが、そこの説明はきりがないのでまたの機会とさせていただきます。
このレリーズ機構の構造の違いなどによって、少数派ではありますが熱を持つことによってあそびが大きくなる機種も存在します。ですからあそびは大きければいいわけでも、小さければいいわけでもありません。必ずメーカーの指定値を守るようにしてください。
とは言っても、メーカーの指定値自体がどうやってどこを測った場合の寸法なのかあいまいなことも多いので、それほど神経質になる必要も無いですけどね。明らかにメーカー指定値の倍くらいのあそびがある場合は調整が必要です。
まれに手の小さい女性などで、クラッチの遊びを大きくしてレバーの位置を手前にしている例をみますが、これ絶対やっちゃだめです。クラッチ、最悪ミッションも壊れます。
人間って意外と不器用
今度はアクセルワイヤーに関してです。皆さん、普段アクセルをどれ位回すか、どうやってコントロールしていますか?聞かれると返答に困るライダーがほとんどだと思います。
アクセル開度はグリップをどれくらいの角度回転させるかによって決定しますが、これくらいの角度まで動かそう、と意識して操作することはまずないはずで、開く方向にどれくらいの力をかけるかという意識でコントロールすることが一般的です。
この力をかける感覚、少し力をかけた状態からかけた力を大きくする、という動作は人間の比較的得意な分野なのですが、力を抜いて動かさない、という状態は意外と不得意です。
普段の生活で体のどこか一部だけ、力を完全に抜くことってあまり無いですからね。
さらにもうひとつ、同じ力のかけ具合を維持するというのも人間が不得意とする動作です。
変化に乏しい高速道路を長時間同じ速度で走り続けて、気が付くと速度が落ちてきていた、という体験をしたことのあるライダーもいると思います。
力を抜き、それを維持するという人間が不得意とする状態がアクセルオフの状態ですので、この状態で段差を通過したりした際に体が動いたりすると簡単に誤動作がおきてしまいます。なにしろもっとも人間が不得意とする状況ですからね。力を抜いた状態というのは操作中より油断した状態でもありますし。そんな誤動作を防ぐため、人間の操作をストレートに反映しないようあそびが設けてあります。
ではアクセルのあそびは大きいぶんには問題無いのかというと、設計時に想定されていないほどあそびが大きいと、全閉時にたるんだインナーワイヤーが巻取り部から外れたり、予期せぬところに引っかかって操作不能になる可能性がありますので、こちらもあそびは大きすぎても小さ過ぎてもダメです。大事故につながるトラブルを未然に防ぐために設定されているのがメーカー指定値ですので、必ず指定値を守るようにしてください。
余談ですが、人間は力の入れ具合で操作をコントロールしているということは説明しました。力の入れ具合でコントロールするのに不可欠なのは操作系の反力、重さです。全く重さが無い操作系では人間は上手くコントロールすることができません。操作系には適切な重さが重要であり、どれくらいの重さが適切かという研究をバイクメーカーは日々積み重ねていたりします。とにかく軽くすれば乗りやすくなるわけではないということは覚えておいて損は無いと思います。重すぎるのは論外ですけどね。
油圧式はあそび不用?
油圧式のブレーキ、クラッチに関してはあそびの調整は不要です。これはあそび自体が不要なわけではなく、機構的に常に最適なあそびが自動的に維持される構造となっているためです。
ブレーキを例にすると、ブレーキパッドが減ってレバー位置が変わると、リザーバータンクからブレーキフルードが補充され、自動的にレバーが元の位置に戻るようになっています。そのため、設計時に設定されたあそびが常に維持されるので調整は必要ありません。
過去にはレバーの付け根に調整ねじがあり、あそびを調整することができる車種が多くありましたが、最近はあまり見なくなりました。調整が必要無いくらい最近の車種は設計が優れているということですね。
まとめ
適切な操作系のあそび量というのは車種によって大幅に変わるものではなく、だいたいどの車種も同じような数値になるように設計されています。人間が不自然に感じないあそびの量というのは人によってそれほど差があるものではないからです。また、車種ごとに数値を把握しなければいけないとなるとバイク屋さんの負担も大きくなりますからね。
ただ、構造上の問題で特殊なあそび量が指定されている車種もまれに存在します。ほとんどの車種は取り扱い説明書に数値が記載されていますので、一度確認してみてください。
車種ごとの適正範囲を外れたあそび量は車両のトラブルの原因となる可能性がありますし、なによりも危険です。
適正範囲を外れていた場合、調整するだけで速くなったりすることはありませんが、なんとなく感じていた違和感が無くなったり、気が付かないうちに乗りにくくなっていた車両が自然に気持ち良く乗れるようになったりします。
高価な部品を取付けたり、練りに練ったプランでツーリングに行ったりしても、気持ちよく走れないバイクでは台無しですよね。
快適なバイクライフは、あそびの確認などの地味な作業の上に成り立ちます。もしバイク屋さんに調整を頼んだとしても大した金額を請求されるような作業ではありません。ぜひまめに各操作系のあそびの量を点検する癖をつけてください。
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投稿者プロフィール
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長年オートバイ業界を裏側から支えてきた、元、車両開発関係者。
バイク便ライダーの経験や、多数のレース参戦経験もあり。
ライダー・設計者、両方の視点を駆使して、メカニズムの解説などを中心に記事を執筆していきます。
実は元、某社のMotoGP用ワークスマシンを組める世界で数人のうちの一人だったりもします。
あなたが乗っているオートバイの開発にも、私が携わっているかもしれませんよ。
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