40年を超える長い歴史に幕を引き、国内販売を先日終了したヤマハのSR400。そして入れ替わるように発売されたホンダのGB350。この2車種に共通するのが単気筒エンジンです。
少しマニアックなジャンルに見られる事の多い単気筒。その魅力はどんなところなのか?
過去にSRX600に17万キロ乗った、実は単気筒好きな私が、特に250ccを超える大排気量の単気筒についてお話しましょう。
単気筒ってどんなエンジン?
ガソリンエンジンは空気にガソリンを混合し、燃焼室内に吸入してピストンで圧縮、その圧縮された空気とガソリンの混合気をスパークプラグが発生する火花によって着火・燃焼させます。その燃焼エネルギーで今度はピストンを押し下げ、直線運動のピストンの動きをクランクシャフトによって回転運動に変換して車体を走行させます。
そのピストン、燃焼室がひとつだけのエンジンを単気筒、ふたつのエンジンを2気筒、4個あれば4気筒と言います。単気筒とか4気筒とか言うのは、エンジン内部のピストンの数を指しています。
左がピストンがひとつの単気筒、右がピストンがふたつの2気筒です。
単気筒は燃費がいい?
同じ排気量であれば、単気筒は比較的燃費の良い車種が多い傾向にあります。
排気量とは、ピストン上面の面積(ボア)とピストンが上下する距離(ストローク)を掛けた体積に、気筒数を掛けた数値を指します。ボアとストロークの寸法の比率は、様々な理由からおおよそ決まった範囲に収まりますので、同じ排気量なら1気筒あたりのピストンの大きさ、燃焼室の容積は4気筒より単気筒のほうが大きくなります。
混合気の燃焼は爆発を言われるくらい急速に起こるものですが、実際にはスパークプラグ近辺から順に燃焼室内に燃え広がっていきます。これを火炎伝播といいます。火炎伝播の速度はおおむね変わらないため、燃焼室容積が大きくなると、小さな燃焼室と比べて、スパークプラグから燃焼室の端まで燃え広がるのにより時間がかかります。入ってきた混合気をきれいに燃やしきりにくいんですね。
一定の回転数でもきれいに燃やすのが苦手ですので、燃焼状態の変化、例えば回転数の急激な上下に対応する事はさらに苦手としています。
回転数が上がれば同じ時間の中で燃焼の回数が多くなり、出力を向上させやすくなります。しかし、同時に1回の燃焼にかけられる時間はどんどん短くなっていきますので、燃え広がるのに時間がかかる燃焼室容積の大きいエンジンには不利になります。単気筒が高回転を不得意とし、2気筒以上の多気筒に比べて出力が低いのはこんな要因があるからです。
また、燃え広がるのに時間がかかり、しっかり燃やし切りにくいということは、排ガス規制に対応することも難しくなります。
規制に対応するためには、混合気中のガソリンの割合を少なくし、燃え残りが出にくくすることで対応するしかなく、これも出力が低い要因のひとつとなっています。
限度はありますが、たくさんガソリンを燃焼室に入れて燃やしたほうが、出力は向上する方向へ向かいます。空気だけに火花を飛ばしても燃焼はしませんからね。
排ガス規制対策で混合気中のガソリンの割合を少なくしているため、消費するガソリンは少なく、燃費は良くなります。
出力を出しにくい、排ガス規制に対応しづらいがゆえに、結果的に燃費が良いエンジンになることが多い、というのが単気筒の構造的な特徴です。
単気筒はトルクがある?
エンジンの回転数というのは、例えば5,000回転といったら、1分間に5,000回クランクシャフトが回転するという意味です。ではその5,000回の間、クランクシャフトは同じスピードで回転しているのかというと、そうではありません。
燃焼によってピストンが押し下げられることによって加速し、ピストンが上昇し、混合気を圧縮することによって減速します。クランクシャフトの回転速度にはムラがあるんですね。
例えば4気筒であれば単気筒と比べて、4分の1の間隔で小さな燃焼を繰り返すため、回転速度の変化を少なくできます。しかし単気筒は大きな燃焼が長い間隔でやってくるので、クランクシャフトの回転速度の変化が大きくなってしまいます。
そのため、同じ回転数でもアクセルを開けるタイミングや、クラッチを繋ぐタイミングによって出力の出方が違うエンジンになってしまいます。これではとても乗りにくいですよね。
その欠点を解消するため、単気筒のクランクシャフトは重く造られ、回転部分の慣性を増やすことによって加速しづらく減速しにくい、回転速度の変動が少ない特性を持たされています。当然わざと加速、減速しづらく造っているわけですから、レスポンス良く回転数を上下させることは苦手になります。そのかわり、加速時等に負荷がかかっても回転数が落ちににくくなるため、トルクがあるようなフィーリングになります。
単気筒がトルクがあると言われることが多いのは、このクランクシャフトの重さの影響が大きく、単気筒の短所を補うために、結果的にレスポンスと引き換えに得られる特徴です。
またこの燃焼間隔の広さは、大きな振動を生む要因ともなりますが、現在では技術の向上によってかなりのレベルまで低減できるようになっています。
さすがに4気筒と同じレベルとはいきませんが、メーカーはあえて振動を演出として残している部分も大きいので、これを単気筒の魅力と考えるのは少し古い考えかもしれません。
単気筒はシンプル!
構成部品が少ない、シンプルな構造が長所として挙げられることもある単気筒ですが、実はこれは諸刃の刃でもあります。構成部品が少ないということは、ひとつの部品の重要度が高くなるということでもあり、多気筒ではなんとか自走で帰ってこられるようなトラブルでも、単気筒の場合は致命傷になってしまう場合があります。
短所ばかりのように思える単気筒ですが、多気筒にはマネできない長所ももちろんあります。シンプルな構造からくるエンジン単体の軽量、コンパクトな面は大きな長所です。この長所を最も有効に生かしているのが、競技用のモトクロッサーをはじめとしたオフロード車です。オフロードではジャンプ等の縦方向動きが多いため、軽量であることはオンロード以上に武器となります。また、エンジンのコンパクトさを生かした車体造りによって、転倒時のエンジンへのダメージが少ない車種も多くなっています。そのため1,000ccクラスを除けば、オフロードでは単気筒が主流となっています。
ビッグシングルはなぜ消えた?
かつてはホンダGB400/500、ヤマハSR400/500、SRX400/600、海外ではジレラサトゥルノ350/500などなど、様々な大排気量単気筒を積んだ車種が販売され、これらの車種はビッグシングルと呼ばれていました。
90年代にはサーキットでも、これらの車種を使ったシングルレースと呼ばれたジャンルが盛況でしたが、現在ではジャンル自体が過去のものとなってしまいました。
なぜこれらビッグシングルは絶滅してしまったのでしょうか。単気筒は燃費がいい?でお話したとおり、燃焼室容積が大きくなるほど、年々厳しさを増す排ガス規制への対応が難しくなるのが原因のひとつです。
そしてもう一点、騒音規制への対応にも燃焼室容積の大きさが不利に働きます。一回の燃焼で排出される排気が多くなれば、それだけ排気音も大きくなります。騒音規制は時間当たりの音の総量ではなく、音量のピーク値を基準としていますので、同じ排気量でも何回かに分けて排気を排出できる多気筒のほうが圧倒的に有利になります。
この2点だけではなく、排気量が大きくなると、構造的に持っている短所が強調されやすくなります。燃焼間隔が広いこと、燃焼効率が悪いことはシビアなアクセルワークを要求し、乗りづらいわりには速くない、という評価になりがちなビッグシングルは、規制対応の難しさもあり、段々と姿を消していきました。
これだけ逆風が強い中、GB350が新規に発売されたことは驚きですし、素晴らしいことだと思います。
まとめ
ここまで読んで、短所ばかりで全然魅力が書いて無いじゃないか、と思いましたか?
実は、これら全ての短所が単気筒の魅力となるのです。出来の悪い子ほど可愛い、といった意味ではなく、どれだけ技術が進歩しても、構造的に持って生まれてしまう気難しい特性をどう扱いこなすか、腕の差がハッキリ表れる部分が魅力となるのです。
もちろん、最新技術で造られた車種の、驚くような乗り易さはそれはそれでとても面白いのですが、単気筒には、繊細なアクセルワークでエンジンと対話しながら走る楽しさがあります。
上手く扱えなくても危険な動きをするわけでもなく、それでいて上手く扱えれば活き活きした回り方を体感させてくれる。そしてその違いは制限速度内でじゅうぶんに味わえます。これはとても贅沢なことですよ。良くでき過ぎた車両では味わえない楽しさです。
上手く乗れるようになると楽しい、というのはオートバイの面白さの原点だと思います。
初めてオートバイに乗って、上手くクラッチが繋げて前に進んだ時、感激しませんでしたか?
長年親しまれたSR400が最後までキックスタートにこだわり、それをバイク乗りも受け入れ続けた理由も、「上手く扱える、上手く乗れることの楽しさ」を多くの人が支持し続けたからではないでしょうか。
ほぼ絶滅状態のビッグシングルですが、また各メーカーから乗りこなす楽しみを持った、個性豊かな車種が発売されることを期待します。GB350の発売がそのきっかけとなってくれたら最高ですね。
モトコネクトでは元車両開発関係者のNTMworksさんの様々なバイクに関する記事が公開されているので、ぜひチェックして見て下さい!
投稿者プロフィール
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長年オートバイ業界を裏側から支えてきた、元、車両開発関係者。
バイク便ライダーの経験や、多数のレース参戦経験もあり。
ライダー・設計者、両方の視点を駆使して、メカニズムの解説などを中心に記事を執筆していきます。
実は元、某社のMotoGP用ワークスマシンを組める世界で数人のうちの一人だったりもします。
あなたが乗っているオートバイの開発にも、私が携わっているかもしれませんよ。
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