引用:ドゥカティ公式サイト(https://www.ducati.com/jp/ja/home)

コラム 知識

【元車両開発関係者が解説】ウイングレットの形状とその効果

MotoGPでは数年前に登場し、一気に普及したウイングレット。しかし市販車で採用している車種はまだごく一部です。

「ウイングレットって効果あるの?」「効果があるならなんで市販車には普及しないの?」というのが良く耳にする疑問。

今回はウイングレット付き車両の開発にも関わったことのある私が、各社のMotoGPマシンをサンプルに、その原理から効果、問題点などを私見も交えながらお話しましょう。

MotoGPにウイングレットが登場した理由

MotoGPにウイングが登場した理由は、ウイリーの抑制が目的とされています。
旋回しながら加速を始めるような状況では、フロントタイヤの浮き上がりを防止するためにアクセルを戻していては、効率良く加速できません。
また、加速に使えるはずのエネルギーがフロントタイヤを持ち上げるために使われてしまうため、エンジンパワーをフルに加速に使えなくなります。

それまでは電子制御によってパワーを抑えることでウイリーを抑制していましたが、パワーを抑えず、スピードを落とさずにウイリーを抑制するため開発されたのがウイングでした。

このウイング、基本的な原理は航空機が浮き上がるための力、「揚力」を発生させるための翼と同じです。その航空機の翼を上下逆に取り付けることで揚力をダウンフォースとして利用します。ウイングの取り付けには進行方向に対して上下の角度、迎角がついていますが、この角度が大きくなるとダウンフォースが大きくなる代わりに抵抗も大きくなります。

ここまで読んで、ウイング?ウイングレットの話じゃないの?と思ったあなた、鋭いですね。ウイングが羽根を意味する言葉なのに対し、レット(小さい)を組み合わせたものがウイングレットです。航空機ではウイング先端の、整流目的の小さな羽根をウイングレットと呼びます。
明確な決まりはありませんが、航空機の揚力、四輪のダウンフォースを生むものをウイング、整流目的のものをウイングレットと呼ぶのが一般的です。

ではなぜMotoGPでは明らかにダウンフォース目的のものをウイングレットと呼ぶかと言うと、レギュレーションによって突起物はダメ、カウル形状の一部でなければならない、という決まりがあるためです。これはあくまでもカウルだというメーカーの言い訳、ウイングであることを認めないための名称がウイングレットです。

ウイング形状による効果の違

現在各メーカーのウイング形状は、レギュレーションに対応するためにコの字形のものが多数派です。残念ながら断面形状は外から見ただけではわかりませんが、迎角は上辺に付けられているものが多くなっています。

翼断面形状のウイングの場合、下面が流速の速い、気圧の低い面になります。垂直部分は気圧の低い部分に横から空気が流れ込んで行かないようガードする翼端版、整流のための本来のウイングレットとしての役目を果たします。
そのため、ウイングレットを装備できない下辺は単にステーとして使用しているように見えるものが多くなっていますが、下辺も有効に使用できるような努力が見える形状を採用しているメーカーもあります。

また、垂直部分は風を直線的に後方に流す効果があるため、大きくなるほど直進安定性が強くなります。その分旋回性は犠牲になるので、垂直部分の大きさには各メーカーの考え方の違いが表れます。

同じコの字形でも、上辺に下反角が付けられたものも見られます。これはウイリー抑制と同時に、コーナーへのアプローチで車体をバンクさせる動きを阻害しないよう意識したものです。その分ダウンフォースは落ちますが、ハンドリングを優先した形状ですね。また、バンク中に下向きのダウンフォースの発生を狙ったものと考えられます。
ヤマハはこの部分にかなりのこだわりが見えます。

中間にスリットがある2段ウイングを採用しているメーカーもあります。ウイングを2段にする理由には様々なパターンがあるのですが、現在のMotoGPで一番多いと思われるのが、迎角を増やしたために増加した高速域での空気抵抗の対策として、必要以上の空気を逃がすために上段と下段の間のスリットを利用するパターンです。

ウイングを装備するメリッ

アッパーカウルに装備されているウイングには、加速時に有効な事はもちろんですが、減速時の安定性確保にも効果があり、最近ではこちらの効果のほうが重視されているように見受けられます。
一番ウイリーを抑制したい状況である低速コーナーの立ち上がりでは、速度が低いためウイングに当たる風速も遅く、あまり機能しません。ウイングの採用は最初から減速時の安定性が狙いだったようにも思えます。

減速時、ライダーはブレーキレバー、ペダルの操作だけで速度とタイヤへの荷重の2つの要素をコントロールしています。
しかしウイングがあれば必要な全てではありませんが、ダウンフォースによってフロントタイヤへの荷重をサポートすることができ、ライダーは仕事が減ってミスを少なくすることができます。

また、カウルサイドについている小さなコの字型のもの、これは整流を目的とし、空気抵抗を小さくするための本来のウイングレットです。
走行中のバイクの周りは乱流だらけです。バイクの左右に乱流が起きると、車体には上から見てライダーを軸に左右に回転するような力がかかります。この力をヨーモーメントといいます。

このような力が発生する原因は車体の前後左右で空気の流れの乱れ方が違い、また細かく変わり続けるためです。バイクには左右に可動する部分はハンドルまわりしかありませんので、この力はハンドルの振られという形で車体に現れ、直進安定性に大きな問題が発生します。その乱流を整え、少しでも小さくするための装備がウイングレットです。
ドゥカティはウイングレットによる整流を強く意識しています。

ウイングを装備するデメリッ

ウイングの迎角が小さいと、加速による車体姿勢の変化によっては車体前部を押し上げる力が発生してしまうため、大きな迎角を付けざるを得ません。しかし、高速域で大きな迎角は大きな空気抵抗を生むことになります。

翼断面形状を効率良く使用すればこの問題は回避できるのですが、ウイング下面に圧力の低い部分が発生してしまいます。
前方の空気はより圧力の低い部分に流れようとしますので、現在のラムエアダクトの真横にウイングがあるレイアウトでは、ラムエアダクトへの空気の流れが減少し、パワーダウンを招いてしまします。
これを避けるため、おそらく各メーカー翼断面形状は採用していない、もしくは効果の少ない形状を採用し、最高速と引き換えにダウンフォースを得ているものと思われます。
ホンダはこの問題の改善のため、ダクト形状を大幅に変更してきました。

また、現在のMotoGPではウイングの取り付け位置は車体前方に集中しており、明らかにダウンフォースの前後バランスが悪い状態となっています。ライダーからのリアタイヤのグリップ不足というコメントも、ウイングの普及と共に増加したように感じます。

さらに大きなデメリットは、強い横風や突然の突風を受けた場合です。ダウンフォースを大きく発生するウイングを装備した車両で、斜め前から強い風を受けた場合、車体には横方向に押される力がかかり、ウイングからは下方向への力がかかるという、前後左右で違う向きの力が発生します。その結果ヨーモーメントが発生し、大きなハンドルの振られが発生する可能性があります。
ライダーに問題が無くても、突然コントロール不能に陥る可能性があるということです。よほど悪条件が揃わないとそこまでの状況にはなりませんが、効果の大きいウイングほど大きなリスクが潜んでいることは間違いありません。

市販車に普及しづらいのにはこんな理由がありますので、社外品のウイングを使用する場合などは注意してください。
もちろん現在市販されているウイング付きの車両はこのあたりの問題も考慮されていますが、その分公道レベルのスピードでは効果の体感しにくいものとなっており、その体感できる効果の少なさが普及を妨げる原因ともなっています。

今後のウイング形状の進化予測

現在MotoGPで使用されているウイング、ウイングレットは転倒時に破損しやすく、そのまま再スタートすると著しく左右の空力バランスが崩れます。ウイングは速度が増すほど効果を発揮するので、場合によっては危険ですらあります。
また前後の空力バランスに課題を抱えていることは間違いありません。

以上の理由から、今後ウイングは小型化に向かうのではないかと個人的には考えています。
現在主流の小さなシートカウルも、前後バランス改善のために違った形に進化するかもしれません。

各メーカーが開発中のライドハイトシステムなど、他の部分の進化によってウイングに求められる要素も変わってくるかもしれませんね。

まとめ

MotoGP観戦時には、ウイング形状から各メーカーがどんな考えでマシンを開発しているかを推測すると面白いと思います。

ダウンフォース目的のウイングは、各メーカーが市販車への採用に慎重な姿勢からわかるよう、メリットはあるがデメリットも大きく、状況によっては危険な場面もあります。市販車への採用は整流のためのウイングレットが主流になるのでは、と思いますが、なかなか予想は難しいところです。

まだまだバイクの空力は発展途上であることは間違いありませんので、これからもその進化からは目が離せませんね。

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    NTMworks

    長年オートバイ業界を裏側から支えてきた、元、車両開発関係者。 バイク便ライダーの経験や、多数のレース参戦経験もあり。 ライダー・設計者、両方の視点を駆使して、メカニズムの解説などを中心に記事を執筆していきます。 実は元、某社のMotoGP用ワークスマシンを組める世界で数人のうちの一人だったりもします。 あなたが乗っているオートバイの開発にも、私が携わっているかもしれませんよ。

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